ポピュリズムにどう向き合えばよいのか
政治学者 岡田一郎
今年(2025年)1月にアメリカ合衆国大統領に返り咲いたドナルド・トランプ氏は、次々と奇策を弄し、世界を翻弄している。トランプ氏は文化エリートが奉じるアイデンティティー・ポリティクスに異を唱え、普通の国民を苦しめ、エリートのみを利するとして自由貿易を否定し、保護貿易を唱え、アメリカ国民から仕事を奪うとして、移民の排除を主張している。
このようなトランプ氏の政治手法はポピュリズム(大衆迎合主義)と呼ばれる。そして、ポピュリズムは今やアメリカだけでなく、ヨーロッパ諸国や日本をも席巻し、ヨーロッパの一部の国では政権に参画するまでに至っている。ポピュリズムとは一体どのような政治手法であり、そして人はなぜ魅了されるのであろうか。そして、私たちはポピュリズムにどのように向き合っていかなくてはならないのだろうか。
ポピュリズムが、先進国に出現した3つの理由
ポピュリズムの起源は19世紀末期から20世紀初頭にかけてアメリカに実在した人民党であると言われている。Populist Partyとも言われた人民党は独占的な企業支配に不満を持つ都市労働者や農民層の利益の代弁者として一定の勢力を誇ったが、農業州の白人男性以外に支持が広がらず、短期間で消滅した。
その後、1967年のポピュリズムに関する国際学術会議では、ラテンアメリカなどの「後進性」がポピュリズムの温床と見なす意見が出されたように、ポピュリズムは後進国の特徴であり、先進国には出現しないと考えられていた。
しかし、1990年代以降、先進国であるヨーロッパ諸国でもポピュリズム政党が台頭してきた。ポピュリズムの研究者である水島治郎千葉大学教授はその背景として3つ挙げている。
1つめは冷戦終結後、ヨーロッパ諸国の左右両派の違いが小さくなったことである。冷戦の終結が左派政党に打撃を与える一方、反共をよりどころとしてきた保守政党の存在意義も薄れ、さらにEU統合の進展に伴って各国が取り得る政策の幅も小さくなり、中道右派政党・中道左派政党の政策にも違いがなくなり、このことに不満を持つ層がポピュリズム政党に流れたのである。
2つめは、政党を含む既存の組織・団体が弱体化し、無党派層が増大したことである。これまで人々は労働組合や農民組合などの団体に所属し、所属団体が推す政党を支持してきたが、近年はこのような団体に所属する者が減少し、どの政党も支持しない層が増え、こういった層がポピュリズム政党に流れたというのである。
3つめは、グローバル化に伴う格差の拡大である。経済のグローバル化は多国籍企業、IT企業、金融サービス業などの発展を促す一方、規制緩和によって不安定雇用の労働者を増大させ、格差が拡大した。いわゆる「負け組」とされた不安定雇用の労働者や失業者などの間で、グローバル化やヨーロッパ統合を一方的に進めるエリート層に対する不信が高まり、このような不満をポピュリズム政党が吸収したという(水島治郎『ポピュリズムとは何か』中公新書、2016年、61~68頁)。
日本の場合は、新自由主義的ポピュリズム
次にヨーロッパで台頭するポピュリズム政党の特徴について述べる。その1つめは、マスメディアを駆使して広く無党派層に働きかける政治手法である。テレビや時にはインターネットを活用し、既成政党に対する容赦ない批判やタブーを無視した発言を弁舌巧みな指導者が展開し、支持を集めていくのである。
2つめは直接民主主義を強調することである。既存の政党や職能団体では代表されない民意を反映させるためとして、国民投票や住民投票の実施を強く主張する。3つめは福祉排外主義である。福祉・社会保障の充実は支持しつつ、移民を福祉の濫用者として位置づけ、福祉の対象を自国民に限定し、移民の排除を訴えるのである(水島、前掲書、68~70頁)。
当然のことながら、日本とヨーロッパ諸国の政治状況は同じではない。たとえば、日本はヨーロッパ諸国に比べれば、まだ外国人労働者の割合は小さく、福祉排外主義を公然と唱える主要な政治勢力は存在しない(インターネット上では外国人排斥の声は大きいが)。しかし、それ以外の背景は日本でもあてはまるのではないだろうか。
冷戦終結後、左派を代表していた日本社会党は凋落し、政党間の違いは小さくなった。団体に所属する割合も日本でも大きく低下している。1989年に団体に加入していない日本の有権者はわずか16・9パーセントだったのに対し、2018年には44・3パーセントにまで達している(水島治郎「中間団体の衰退とメディアの変容」水島治郎編『ポピュリズムという挑戦』岩波書店、2020年、33頁)。
マスメディアを巧みに利用し、無党派層に支持を集めようとする政治勢力や政治家として、関西メディアの強い支持をうける日本維新の会やインターネットを駆使して支持を集める石丸伸二東京都知事候補や斎藤元彦兵庫県知事が出現している。大阪都構想をめぐる住民投票を何度も仕掛けた大阪維新の会と国民投票・住民投票を重視するヨーロッパのポピュリズム政党との相似性も指摘出来そうである。
日本のポピュリズムは公務員などの既得権益層を激しく攻撃し、過度の規制緩和を要求する新自由主義的ポピュリズムと呼ばれ、その典型が大阪維新の会を母体とする日本維新の会が挙げられる。また大阪維新の会ほど先鋭的ではないが、東京都の都民ファーストの会や名古屋市の減税日本も新自由主義的ポピュリズムと呼ばれる。
ただ、こうした新自由主義的ポピュリズム政党は多くの国会議員を巻き込むことに失敗し、農村部に安定した支持基盤を持ち、公明党と緊密に連携する自由民主党(自民党)の分厚い壁に跳ね返されたとされる(中北浩爾「地域からのポピュリズム」水島編、前掲書、310頁)。
しかし、2024年総選挙では、政権与党の自民党・公明党が大敗し、組織政党である日本共産党(共産党)も不振で、国民民主党が大きく議席を伸ばし、れいわ新選組も共産党を上回る議席を得、参政党・日本保守党も3議席を獲得した。これからの日本では自民党の優位性が揺らぎ、ポピュリズム政党が大きく議席を伸ばす可能性がある。そのとき、私たちはどう対応すれば良いだろうか。
ポピュリズム政党の台頭は必ずしも悪いことではなく、既成政党に飽き足らない民意を反映するという側面もある。一方で、ヨーロッパ諸国で台頭している福祉排外主義には厳しく対峙しなくてはならない。また、一見聞き心地の良い政策が本当に実現可能なのかを自分なりに検証していく必要があるだろう。
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