●岩根邦雄—生活クラブという生き方~晩年・群像
岩根顧問を囲む会 米倉克良
2024年5月7日、岩根邦雄顧問と下山保パルシステム生活協同組合連合会・元顧問の対談が行われた。生活クラブの初期、首都圏コープ事業連合(パルシステムの前身)の設立をめぐるものであったが、この対談が、岩根が公に姿を現した最後となった。司会は、生活クラブ加藤好一顧問で加藤にとっても、公での最後の姿となった。すでに岩根は、老いのため言葉が少なくなりつつあった。つぶやくように述べた「(既存の運動と比べ)生活クラブは、具体性をもって皆がやる点が違う」「皆に持ち込むのも具体的」は、遺言のように聞こえる。岩根の晩年と仲間たちの群像を感謝とともに残したい。
群像—社会学者・道場親信
道場は、2016年9月14日、49歳で逝去した。この若すぎる死について岩根の落胆ぶりは、大きかった。道場と岩根の出会いは、『社会運動』286号(2004年1月号)に向けたインタビューであった(市民セクター政策機構ブックレット『社会運動としての協同組合』2017年2月、参照)。道場は、部分的に批判的であった「新しい社会運動史観」を体現する人物と岩根を想定していた。しかし、会うと「全く違った」という。道場は、以後、市民セクター政策機構や生活クラブ本体の活動にも関わり続け、死の直前まで、赤堤館での学習会に参加した。
道場は、要のところで岩根講演(「私が考えてきたことは、自分たちがこうやったらうまくいくという楽観主義ではないのです。…自分がどう生きるかということをつきつめれば、結果としてうまくいくかいかないかではなしに、自分の生き方として何かを選んでいくしかない、そこに集中するしかない」)を引用した。岩根は、道場の病と長女夏さんが同じ病であり、同じ年代で早逝された無念を筆者につぶやくことがあった。返す言葉がなかった。
(抜粋)