●穀倉地帯東北と稲作/ライスナショナリズム
宮城教育大学教育学部准教授 山内明美
稲作/ライスナショナリズムとは
―本号では2024年から続く米の価格高騰をめぐって、その要因や背景について考えています。山内さんは発表している論考などで、日本社会における「稲作/ライスナショナリズム」の存在を指摘していますが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。
「ナショナリズム」という言葉には「国家主義」や「愛国主義」「民族主義」といった訳語もありますが、一義的には「国内の均質化」を指します。私の社会学概論を履修している学生たちには「グローバリズムとナショナリズムは双子の関係にある」と説明しています。ナショナリズムが国内の均質化なら、グローバリズムは世界レベルでの均質化なのです。
例えば、いま私たちが話している「標準語」とされる日本語は、明治政府が発足した頃に、東京方言を「標準」として設定したことに由来します。青森の津軽弁を話す人と鹿児島の薩摩弁で話す人同士の会話は成り立ちません。富国強兵で全国から徴兵をする軍隊でそんなことが頻繁に起きては統率がとれませんから、「標準語」の設定、つまりは日本語の均質化が必要だったのです。
言語だけでなく「国内の均質化」には、様々な側面がありますが、私はそのなかで「食の均質化」を主な研究の対象にしています。日本は非常に寒い北海道から暖かい沖縄まで南北に長く、本来は食も非常に多様です。例えば北海道、かつての蝦夷地、アイヌモシリでは米が穫れなかったので、アイヌの人たちが儀礼のときに使う聖なる食は粟と稗であって、米はクマの皮などと交換して得られる交易品でした。江戸時代に石高制をとっていたために、日本人はずっと米だけを食べてきたかのように現在では思われています。しかし当時の日本人の大多数であった農民の多くは、米は年貢として収めるものであって、日常的には米に麦や稗、粟などの雑穀を混ぜることが普通でした。私が大学院生の頃、福島県で焼畑をやっていた舘岩村(現南会津町)にお手伝いに行っていたことがあるのですが、その村の主食は蕪だったと聞いて衝撃を受けたことを覚えています。そもそも「主食」という言葉自体が戦後に普及したもので、かつては「常食」という言葉が使われていたのです。ですから「日本人の主食は米である」とするような食の均質化が進んだのは近代に入ってからなのです。それがどのようにして起こってきたのか。それを研究するのが「稲作/ライスナショナリズム」の研究ということになります。
(抜粋)








