鹿とデマと排外主義、その行方
瀧 大知(外国人人権法連絡会事務局次長)
ファシズムを批判的に研究したテオドール・アドルノは反民主主義的な宣伝に動かされやすい人びとの精神構造を分析、1950年に上梓した著作で「権威主義的パーソナリティ」を抽出した。「内集団の権威ある人物に対しては、これを賞讃し、これに追従しようとし、そして無批判的であろうとするのに、他方、外集団の人びとに対しては、何らかの道徳的権威の名によって懲罰を加えようとする態度を示すという一般的な先有傾向」(注1)を指す、と。
もちろん現在の社会心理学において、この議論がそのまま通用するわけではない。他方、アドルノが垣間見たもの、それは死んでいないようにも思える。
「外国人」による奈良の鹿への暴行?
2025年9月7日に石破茂(前)首相が退陣を表明、約2週間後に自民党の総裁選が実施された。
このとき目を引いたのは結果的に総裁選に勝利、その後に総理大臣となる高市早苗の「奈良の鹿」話であった。同年9月22日、演説会の場で「奈良の女としては、奈良公園に1460頭以上住んでいる、鹿のことを気にかけずにはいられません」と挨拶した上で「(奈良の鹿を)足で蹴りあげるとんでもない人がいます。殴って、怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、みなさん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか。SNSでも目にしますよね」と語った(注2)。
真偽不明の「鹿問題」と差別/排外主義
「奈良の鹿への暴行」の発信源はSNSであった。2024年7月頃、男性が奈良公園の鹿を殴打する動画が拡散された。これにより奈良県は一部条例の運用を改正、2025年4月より公園内での鹿への加害行為を禁止した(奈良県HP参照 ※以下、SNS含め2025年11月2日閲覧)。
ただし、動画に写る男性の国籍は不明である。「外国人による暴力」が頻発している公的な証拠もない。朝日新聞によれば「せんべいを投げつけたりせんべいに群がるシカを乱暴に追い払ったりする『不適切な行為』は見受けられる」ものの「県や関係機関が把握している限り、殴る蹴るといった暴行は確認されていない」。鹿の保護活動団体「奈良の鹿愛護会」や来園者からも特に情報はないという(注3)。2010、2021年に鹿の殺害事件が起きたが、犯人は日本人であった(注4)。「外国人」の暴行がゼロと断定できないが、少なからずある属性に顕著な傾向であると読み取れる実証的なデータはない。
また2024年7月の動画以降、X等には「中国人が鹿さんをいじめている」との真偽不明の情報が大量に出回り、中国人排斥=ヘイトスピーチの温床となった。その代表例が当人いわく「元」迷惑系YouTuberで、奈良市議の「へずまりゅう」である。へずまも一連の動画を閲覧したことで「決して許すことができず、居ても立ってもいられなくなり」奈良公園のパトロールを始めた(注5)。多くの「中国人による鹿暴行」の画像/動画をSNSに上げているが、それら「証拠」に虚偽があることは同僚議員の柿本元気市議が明らかにしている(詳細は同市議のnote「高市早苗の恥になる話」2025年9月24日を参照)。
権威が「彼ら」を承認するとき
高市発言後、各メディアが真偽に関する報道をした。うち一つが日本テレビ系報道番組「news every.」(2025年9月29日放送回)である。同番組では、現地のガイドスタッフや飲食店経営者が「攻撃的な観光客は基本的に見かけない」と取材に答える様子が放送された。補足をすれば両名は「見ていない」と主観を述べたに過ぎない。あえていえば「ない」とも言っていない。それにも関わらず「日テレによるヤラセ」との書き込みが相次いだ。とりわけガイドの女性が標的にされ、SNS上には本人を特定しようとする動きや誹謗中傷が大量に表出した。
女性が働く会社の代表はXにて、被害の一端を伝えた。「数万を超える反響であらぬことも事実かのように拡散されることに、本人は恐怖と自責の念で心身衰弱しております」(「松田@YRalNBPnC850273」2025年10月1日9時37分)。10月2日、番組側もホームページに誹謗中傷や迷惑行為等を謹むようお願いする声明を出した。
異様ともいえる攻撃の要因、それはへずまの言葉を借りれば「高市さんの敵は日本の敵」(同2025年10月23日21時11分)だからであろう。高市発言の問題はこの台詞に凝縮されている。同発言、それは排外主義者らに権威的な承認(行為の正当化)を付与する効果を有した。社会的地位の高い、特権性のある公職者、総理大臣になる人間であればそれはより強力に作用する。いわば女性ガイドらを攻撃した人間たちは権威に支えられ、自らを承認してくれた者の正当性を守るため、あるいはそれと同一化することでエスカレーションしていったのではないか。
例えば高市の鹿演説を受け、へずまは喜々として中国人排斥を呼びかけた。「高市早苗さんが奈良の鹿さんについて声を上げて下さりました。この流れで鹿さんに暴力を振るう中国人は追い出し罰金を取りましょうよ」(同年9月22日15時29分)。「news every.」放送後には、スマホで女性ガイドの映像を見せながら奈良公園近隣の飲食店等に女性は実際にいるのか、知っているかと聞いて回る様子をポストした(同年9月30日17時07分)。これは「偏向報道から高市早苗さんの潔白を証明」(同年10月4日16時2分)するためと考えられる。そして高市が総理になると「鹿さんの件でネガティブなこという人が増えこの一週間は高市さんと共に戦っている認識でやって参りました」(同年10月4日15時4分)と書いた。
為政者が曖昧な情報を流布かつ便乗し、排外主義を煽動/正当化、それにより何ら落ち度のない一般市民が自分たちに承認を与えてくれた権威に立てついたと見なされ、あたかも魔女狩りのごとくSNSで攻撃を受け、「あいつを探せ」と一斉に詮索される。さらには議員となった迷惑系YouTuberまでもが取材/パトロールと称して追いかけてくる。そこに現れるのは「恐怖による統治」であろう。
現総理が露出した力学と駆動させたもの、それは排外主義が渦巻く日本の現下を象徴してはいないか。安易な比喩で使う言葉ではないが、やはりここにファシズム的な、または別の仕方での「不気味なもの」の萌芽を感じてしまう。
(注1)アドルノ, T.W.『権威主義的パーソナリティ』(田中義久・矢沢修次郎・小林修一訳、青木書店、1980年、p54)
(注2)時事通信映像センター[YouTube]「外国人は『奈良のシカ蹴る』 高市氏、政策厳格化訴え 自民総裁選」(2025年9月23日)
(注3)朝日新聞「外国人が奈良のシカ蹴る? 発言の根拠問われ高市氏『自分なりに確認』」(2025年9月24日)
(注4)東京新聞「高市早苗氏『外国人が奈良公園のシカ暴行』 突然の主張はどうして? 急伸した政党に乗っかったとの見方も」(2025年9月22日)
(注5)へずまりゅう「中国人に突撃 鹿と日本人を守れ!」『WiLL』(第241号、ワック出版局、p178)
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