中東問題の理解の仕方(千葉大学教授 酒井啓子)
―移民の2世、3世はフランス国籍を持つフランス人なのに、フランス社会からは「移民」として差別されてきたということですね。
そのような差別と疎外が積もり積もって、2000年代の半ばぐらいから社会問題化し、2005年には大きな政治暴動につながっていきます。移民社会の声に耳を傾けないフランス政府、ヨーロッパの国々がまずあって、それが「イスラム国」に触発される形で事件になったと考えた方がいいと思います。
あのような事件を利用して、「『イスラム国』や中東の様々な不穏要因を潰さなくてはいけない」と、一気に軍事攻撃に傾斜する今の国際政治の対応は、問題の本質をすり替える展開だと危惧しています。
もちろん中東の諸問題の根源には、第一次世界大戦後のフランス、イギリスの中東植民地支配があることは紛れもない事実ですし、イスラエルの建国があって、パレスチナ問題が起こる、そういう問題の根源にヨーロッパの対中東政策があることは事実です。それは前提としてありますが、今の中東を舞台にした、シリアやイエメンの内戦、イラクでの戦後の復興などの問題は、すべてかつての西欧の中東に対する植民地支配に起因しているかと言えば、そう単純には言えません。しかし、「イスラム国」はそのように喧伝しています。こうした「イスラム国」の主張は、誰もが当然だと思っている正論、つまりヨーロッパの植民地支配が中東問題の根源にある、という正論を声高に言っているところが小気味よい、と評価され、人びとに受け入れられている側面があるのは事実でしょう。ですが、先ほど申し上げたような現在の中東の諸問題も含めて、すべて西欧のせいにするほど「そこまで単純ではない」と、感じる人も多くいます。
唯一言えることは、シリア内戦やイラクでの混乱など、「イスラム国」の登場の直接の原因となった事件の遠因がイラク戦争だということです。特に、「イスラム国」の幹部のほとんどは、イラク戦争によってフセイン政権が転覆されたために、それまでのような生活ができなくなったイラク人です。そのため、アメリカへの非常に強い反感を持っています。そういう人たちが「イスラム国」のような形で運動を展開しているのです。
(P.124~P.125 記事から抜粋)