TPPが破壊する農と食(アジア太平洋資料センター事務局長 内田聖子)
TPPが引き起こす「地域経済の崩壊」と「雇用の喪失」
農業への打撃は、地域経済全体へと影響する。全国で、「TPP合意を機に、農業をやめる決心をした」という声をたくさん聞く。こうした人たち、つまり「TPPの結果として、経営が成り立たなくなり廃業する」のではなく、「TPP発効以前に政府に絶望し、静かにやめてゆく」農家の数は、どの試算にもカウントされていない。
農家の廃業は、食料自給率低下に拍車をかけるだけでなく、その打撃は地域経済全般に及ぶ。食品の原料を生産し、運び、加工し、販売する、といった地域社会の小さな流通網は、農産物の生産が減少することで壊れてしまう。地域には失業者が増えるだろう。米国ではTPP反対の最大の理由として「雇用の喪失」があげられているが、それは日本にも当てはまる。「米国タフツ大学研究チーム」の試算によれば、「TPP発効後、10年間で日本の雇用は7万4000人減少する」という。農業や中小企業が空洞化した地域社会に、果たして何が残るだろうか。政府は「日本にも海外から投資がたくさんやって来る」と言うが、仮に投資が増えたとしてもそれは都市部に集中し、大都市と地方の格差はますます広がる。
TPP協定の中で地域経済・中小企業に影響するのは「農業」だけではない。「投資」と「政府調達」の分野も大きく影響する。TPP協定によれば、他の地域から企業が進出する際に、できるだけ地元から雇用や物品、サービスを調達し、地元中小企業の育成を求めることが「禁止」されているのだ。
日本各地の自治体は、中小企業を支援するために大企業が果たすべき役割を規定した「中小企業振興基本条例」や、調達契約において労働者への最低賃金の支払いや地域貢献を求める「公契約条例」を制定している。そのような条例を制定する自治体は増加傾向にあるが、TPP発効後は、これらの条例が外国投資家によって訴えられる可能性もある。地方自治体による地域経済振興政策が大きく制約されるかもしれないのだ。
さらに、地元の中小企業振興に影響するのが「政府調達」の分野である。現在、「WTO(世界貿易機関)」のルールによれば、都道府県や政令指定都市が、20億2000万円以上の建設工事、2700万円以上の物品・サービスを調達する際には、国際入札が義務付けられている。
政府は、「TPPの合意は、WTOの水準のままであり、心配いらない」と説明しているが、協定には3年以内に再交渉すると明記されている。その際、国際入札の基準額がさらに引き下げられれば、新たに参入する外国企業との価格競争が激しくなり、地元企業は太刀打ちできなくなる。
日本には約386万社の企業があるが、そのうち大企業はわずか0・3%の1・1万社である。残りの99・7%は中小企業だ。日本政府は、「地方の中小企業の地場産品等を輸出促進して地域を活性化する(地域の稼ぐ力の強化)」「中小企業も含め、海外における日本企業の自由な投資活動の促進が期待される」等、「TPPで中小企業が海外に進出できる」と積極的にアピールしている。しかし、「TPPで中小企業が得られるメリット」を、どれだけの企業がビジネスチャンスとして享受できるというのだろう。そもそも、海外への投資や工場進出、提携などに資金をつぎ込むだけの体力のある中小企業はどれだけあるのだろうか。アベノミクスが、地方や中小企業にとってメリットがなかったのと同様に、TPPで中小企業は決して元気にならない。
(P.16〜P.18 記事から抜粋)