生活クラブグループ
市民セクター政策機構

市民セクター政策機構 市民セクター政策機構は、生活クラブグループのシンクタンクとして、市民を主体とする社会システムづくりに寄与します。

日本の読者へ

キム・チャンジン

聖公会大学社会的経済大学院教授

『韓国協同組合運動100年史』編纂委員


1.日本語版出版の意義


 原書『韓国協同組合運動100年史』が韓国で出版されたのは2019年6 月だった。韓国の協同組合研究者と活動家が力を合わせ、約2 年にわたる集団作業で成し遂げた。それから4 年余りが経って、今や日本語版が世に送り出されたのである。出版を心よりお祝い申し上げます。専門学術書として書かれた全2 巻の原書を翻訳出版するために物心両面で努力してくださった日本の市民セクター政策機構や翻訳者の皆様と日本語訳本の事実確認と監修のために苦労を惜しまなかったチェ・ミンギョン様、チュ・ヨンドク様に心より感謝申し上げます。

 
 『韓国協同組合運動100年史』の日本語版出版は、一方では韓国と日本の協同組合間の国際交流と連帯という側面で、そして他方では両国の知的・思想的相互理解と浸透という側面で重要な意味を持つといえる。本書には、20世紀初めの日本の帝国主義政策と20世紀後半の日本の生活協同組合運動が、韓国の協同組合運動におよぼした否定的、肯定的な影響についての真剣な記述が多く含まれている。日本語版の出版をきっかけに、1 世紀にわたる韓国の協同組合運動史とそのなかで胎動、発展した独特の組織と活動のあり方、そして思想的ビジョンが、日本の協同組合界や関連する知識社会に具体的な情報を提供すると同時に、それなりに新鮮な波紋を起こすことができれば、これ以上望むことはないだろう。人類の歴史において、特定の経験と知識は一方的に流れる場合もあるが、多くの場合、相互に作用するものだ。この本が日本の読者にとって日本の生協、農協、医療生協などの協同組合を、韓国のそれと具体的に比較する際の重要な資料になると考えている。


 「序文」と2 編の「歴史の窓」、そして「総論」で既に明らかにしたように、筆者たちは韓国協同組合運動の起源を1919年と見ている。まさにこの年、朝鮮半島全域で朝鮮民族の挙族的な抗日蜂起が大々的に発生したが、これはおそらく日本の読者の多くが知っている歴史的事件であろう。近代社会で協同組合は本質的に経済・社会的性格を持ったものだが、それは政治的真空状態で発生し発展するものではない。1919年を契機として朝鮮の知識人と民衆の民族的覚醒が、帝国主義資本から相対的に自主的な経済体制を打ち立てようとする熱望に収斂するなかで、協同組合運動が本格的に起こり、発展していった。その過程で、当時日本に留学していた朝鮮の青年知識人たちが重要な啓蒙的役割を果たした。彼らは日本を通じて入ってきた西欧協同組合理論の紹介をすると共に協同組合の組織化に大きな役割を果たしたのだ。


 このように韓国協同組合運動100年の歴史において、日本の影響は肯定的な意味でも否定的な意味でも非常に大きいものだった。否定的な影響が避けられなかったのは、近代的な協同組合運動が発生し成長したのが20世紀初めの日帝強占期〔日本帝国主義による植民地支配期〕であったため、最初から朝鮮総督府の帝国主義政策に包摂されたり、それから弾圧を受ける運命に置かれていたからだ。西欧帝国主義を模倣しながら19世紀後半に自ら帝国主義段階に入った日本は、1920年代にかけて朝鮮で協同組合の組織と活動を許容し、それを帝国主義農業・農村政策の体系のなかに取り込む政策を推進した。そして対外的に大陸侵略の本格化、対内的に軍国主義が深化した1930年代には、朝鮮で協同組合運動に加担した民族主義性向の知識人と活動家を探し出して弾圧していった。協同組合組織と活動は、地下運動や武装闘争とは異なり、大部分が合法的空間で行われるしかないため、この時期の朝鮮の協同組合運動はこれ以上大衆と共にできず消えていった。こうして100年の歴史のなかで協同組合運動が最初に深刻な断絶の苦痛を体験することになった。本書第I巻の第1 部でこのような内容が具体的に取り上げられている。


 一方、20世紀後半の日本の生活協同組合は、韓国の生協運動の成長期に非常に肯定的な影響を及ぼした。すなわち1980年代以後、その組織と運動の方向性において生まれ変わった韓国消費者協同組合が目指す活動に、大きなインスピレーションと先駆的事例を示したのだ。第Ⅱ巻(第15章、第18章)でこのような内容が取り上げられている。


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