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①第1回 ボトムアップ民主主義の時代「杉並区長選、その後の展開が新しい」
(政治学者・市民セクター政策機構客員研究員 岡田一郎)

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 2024年1月、ペヤンヌマキ監督の映画「○月○日、区長になる女」が公開された。この映画は、杉並区の再開発計画で自分が住んでいるアパートが立ち退かされることを知った監督が区政への関心に目覚め、当時の区長に失望し、区長反対派が擁立した岸本聡子に期待を寄せ、岸本の選挙を手伝いながら、彼女が区長選に僅差で当選するまでを描いた作品である。この映画が見る人の心を打つのは、現実の政治に不満を持つ人たちが何もないところから立ち上がり、既得権益の組織に支えられた政治家を倒すという日本ではめったに起こらない奇跡を描いているからではないだろうか。

 

日本の選挙はコメディか

 

 私はこの映画を見ながら、同じように選挙立候補者に密着した映画を思い出していた。それは2007年に公開された、想田和弘監督の「選挙」である。これは想田監督の友人が2005年に実施された川崎市議会議員補欠選挙に立候補した際に、その選挙運動に密着して選挙運動のありのままの姿を写した映画である。想田監督の友人は単純に政治家に憧れているだけでお世辞にも政治的定見があるとは言えない。そんな友人が「組織」に命じられるまま、政策そっちのけでどぶ板選挙に徹し、「組織」の力で当選していく。私はこの映画を初めて見たとき、「これこそ日本の選挙だ!」と膝を打った。日本では候補者本人の能力は二の次であり、「組織」を味方につけた者が勝つのである。そして、組織が擁立した候補を勝たせる原因となっているのが、有権者の無関心である。「選挙」の中では選挙の投票日になってもその日に選挙があることすら知らない人が出て来る。


 この映画は欧米でも上映され好評を博したが、欧米の観客はこの映画をコメディ映画として見たという。欧米の人びとには、政治的定見のない人間が選挙と何の関係があるのかわからない行動(老人会の運動会に参加してラジオ体操をする等)をして勝つという日本の選挙の実態が、理解出来なかったのである。日本の民主主義は、欧米から見て(もしかしたら、韓国や台湾などアジアの民主主義国の人びとから見ても)、コメディと言われる形態に到達してしまったのである。


 私は欧米型民主主義が100パーセント正しく、日本型民主主義が100パーセント悪だと言いたいのではない。日本型民主主義にも良い面はあるだろう。しかし、多くの人びとが政治に無関心で、実態として一部の「組織」の人間たちに政治を委任してしまう、今日の日本政治が人びとを幸福にしているとは思わない。区政に無関心で、気がついたときには自分が住んでいるアパートが立ち退き対象になっていたペヤンヌマキ監督のように、多くの有権者は「政治は詳しい人たちがすれば良い」と政治に無関心でい続けた結果、経済も給与も30年も上昇しない、この停滞した社会で今日、生活基盤を崩されているのではないだろうか。

 

杉並区の複雑な政治風土

 

 杉並区のように人びとが覚醒すれば、政治は変わると言い切れるほど、現実の政治は単純なものではない。杉並区で岸本区長が誕生した背景には、映画のパンフレットの中でジャーナリストの津田大介が解説しているように、昔から住民運動が盛んな割に選挙では保守的な候補が当選するという杉並区特有の複雑な政治風土があり、岸本が落下傘候補としてヨーロッパからやって来る前に岸本を支える住民運動の遺産があった。それに映画を見ていると、岸本が区長選に名乗りを上げる前から再開発に反対する広範な運動が存在した。おそらくその運動の関連だと思われるが、一般的に自民党支持が強いとされる商店街の人たちが岸本を支援するなど、保守的な人の一部も岸本陣営についたであろうと推測される。このように岸本には色々と有利な条件が存在したうえでの僅差での勝利であった。それに覚醒したと言っても岸本が当選した区長選の投票率はわずか37・52パーセントであり、前回選挙から5・5パーセント上昇したに過ぎない(映画の中で投票率を上げるのがどれだけ大変か、岸本が語るシーンがある)。


 それでも何十年前から指摘されていた、住民運動が盛んな割に選挙では保守的な候補が当選するという杉並区特有の政治風土を打ち破り、区長選でリベラルな候補を当選させた意味は非常に大きいと思う。

 

自ら選んだ首長を自らが議員となって支える

 

 私が注目したいのは、岸本区長誕生後、区議会の実態に失望した(ある自民党区議は政策論争が行なわれた区長選を「異常な選挙」と言い放った)岸本支持派の人びとが翌2024年の区議選に次々と名乗りをあげて、新人15人が当選し、区議会定数(48)の半数を女性議員が占めるまでになったことである。これまでも1960年代から70年代まで続いた革新自治体の時代のように、新しい政治勢力出身の首長が古い政治風土の壁を壊して誕生するという現象は多々あった。しかし、その場合、首長の支持者は首長に要望を伝えるだけで自分たちが議会にでて首長を支えるということはなかった。そのため首長は反対派が多数を占める議会と支持者との板挟みにあって苦しむという構図が一般的であった。しかし杉並区の岸本区長支持派はこの構図を打ち破り、自ら選んだ首長を自らが議員となって支える道を選んだのである。これこそ真の市民参加ではないだろうか。


 問題はこのような動きが杉並区に特有なものなのか。それとも他の地域に波及していくものなのかということである。その点を検証するため、次回は岸本区長も参加するLIN-Net(注)の動きに着目していきたいと思う。

 

(注) ローカルイニシアチブネットワーク(Local Initiative Network)。首長と自治体議員と市民が互いに理解を深め、政治の選択肢を示していくために言葉と政策を共有していくネットワーク。「地域主権」と「コモンの再生」を目指している。

(P.112-P.115 記事全文)

 

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