論文(岡田 一郎)
【2024年10月】ボトムアップ民主主義の時代「美濃部選挙との比較にみる蓮舫氏の敗因」
2024年7月7日に実施された東京都知事選は、現職で自民党・公明党・都民ファーストの会の支援を受ける小池百合子氏と立憲民主党・共産党の支援を受ける蓮舫氏の一騎打ちとみられていたが、広島県安芸高田市の前市長である石丸伸二氏が予想外の健闘をして2位となり、蓮舫氏は3位に沈むという結果となった(当選は小池氏)。
小池都知事が初当選した2016年の東京都知事選の直前、私はジャーナリストの石戸諭氏との対談で、1967年の美濃部亮吉革新都知事の当選以来、東京都知事に当選する方の特徴として、「短期決戦のため知名度が重視されたこと」「政党色、組織色を消すこと」「無党派を取り込むことが勝利の鍵になること」「リーダーシップ、クリーンなど特徴的イメージを作ること」の4つを挙げた。(石戸諭「【都知事選】政策よりもイメージ戦略 50年前に確立されていた勝利の鉄則」『BuzzFeed News』2016年7月30日https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/tochijisen-minobe-genten)
例えば、美濃部亮吉が初当選した1967年の都知事選において、革新陣営はタレント学者で知名度の高い美濃部亮吉を候補にたて、支援する社会党・共産党が前面に出るこれまでの選挙戦術を改め、社共両党のみならず、総評や文化人などが参加した「明るい革新都政をつくる会」を結成し、政党色を薄めた選挙運動を行った。また、選挙費用を支持者のカンパに募ったり、芸能人と美濃部のツーショットポスターを掲示したりといった当時としては独創的な選挙戦術で無党派層の心をつかみ、青空バッジというものを販売して、当時深刻化していた公害問題を解決するというイメージを都民に植え付けた。
先に挙げた4つの特徴を今回の都知事選に当てはめてみよう。当選した小池氏は現職として抜群の知名度を誇り、自民・公明両党の支援を受けながら、両党はステルス支援に徹したため、政党色を消すことに成功し、無党派層の31パーセントが小池氏に投票していた(『読売新聞』2024年7月8日付朝刊)。現職ゆえにリーダーシップがあるというイメージも都民に根付いていただろう。
一方、石丸氏は当初、知名度が低かったものの、マスコミから主要4候補の1人として扱われたことで知名度を増し、完全無所属だったため、政党色はなく、無党派も小池・蓮舫両氏を上回る36パーセントが石丸氏に投票していた。賛否両論あるにしても、市議会を敵にまわす石丸氏の市政運営方針にリーダーシップを感じる層も一定数はいたであろう。このように考えると、小池・石丸両氏は都民好みの候補であったといえる。それに対して、蓮舫氏は、知名度は抜群だったものの、(本人は立憲民主党を離党してオール東京を標榜したものの)政党色を消すことに失敗し、彼女の選挙を手伝っていた人びとは党派色丸出しであった。無党派も小池・石丸の後塵を拝して17パーセントが投票したに過ぎず、特徴的イメージをつくることにも失敗していた(あるいは国会議員時代の舌鋒鋭く政権に迫るイメージを払拭出来なかった)。
蓮舫陣営には選対本部長も事務局長もいなかった
蓮舫氏の敗因は他にも指摘することができる。まず、都民が小池都政に満足しており、敢えて都知事を変える必要性を感じていなかったことである。小池都政を評価する人は63パーセントに達し、立憲民主党支持層でも評価する人と評価しない人は同率であり、共産党支持層でも評価する人が4割に達した(「読売新聞」2024年7月1日付朝刊)。都知事選ではこれまで現職が敗北した例はなく、さらに現職に都民が満足しているとするならば、現職を破ることはそもそもかなり困難であったと言えるであろう。
また、蓮舫陣営の選挙戦術も稚拙であった。『現代ビジネス』が伝えるところによれば、蓮舫陣営には選対本部長も事務局長もおらず、誰が選挙の責任者なのか不明であった。また、石丸陣営が1日10回前後の街宣をこなしていたころ、蓮舫陣営は1日1~2回1時間近くをかけて大型街宣をするだけであった。公務を理由に小池陣営も1日1回程度しか大型街宣を行わなかったが、小池陣営には強固な組織票があることを考えれば、蓮舫陣営はせめて石丸陣営なみの街宣をこなす必要があったのではないだろうか(小川匡則「『2位でもダメ』のまさかの歴史的惨敗…!蓮舫陣営の甘すぎた都知事選目算と5つの敗因」『現代ビジネス』2024年7月8日https://gendai.media/articles/-/133377)。
「古くなったのかな、もう通用せえへんのかな」
蓮舫陣営を支援した立憲民主党の辻元清美氏は都知事選後、「政党としても私個人としても、やっぱりもう古くなったのかな、もう通用せえへんのかなとか、ちょっと思った」「『そうは言うてられへんわ』と言って、またここに立っている。私たち自身がどうアップデートできるかということが問われてる」と述べたというが(「毎日新聞」2024年7月8日https://mainichi.jp/articles/20240708/k00/00m/010/213000c)、辻元氏の反省は重要である。選挙で成果をおさめた者は常に時代に即した新しい戦術で勝利している。美濃部氏は当時としては珍しかったイメージ選挙で勝利を得たし、今回の都知事選でも石丸陣営はYouTubeやTikTokに情報を流したり、支持者にSNSでの宣伝を呼びかけたりして支持を拡大した。日本のリベラル陣営も「敗北したがよく戦った」と自己満足に陥ることなく、自分たちには何が足りなかったのか、いまの若い世代に浸透する選挙戦術にはどのようなものがあるのか、を問い直して、次の選挙に備えることが必要なのではないだろうか。
(P.136-P.139 記事全文)