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論文(岡田 一郎)

【2025年1月】マスメディアの洗脳力は選挙の結果を変えるか

2024年10月27日に実施された総選挙は、石破茂内閣が発足してすぐの解散であったため、選挙の争点が定まらず、総選挙に関する報道は概して低調であった。

管見の限りでは、今回の総選挙におけるマスメディアの報道は中立的であり、特定の政党や候補を過度に取り上げたり、バッシングしたりといった報道はなかったように思われる。

 しかし、マスメディアは常に報道に中立的であるとは限らない。

2001年の自民党総裁選では、当時、国民的人気が高かった田中真紀子氏が応援に駆けつけたこともあり、マスメディアの報道は小泉純一郎候補に集中し、小泉候補が地滑り的勝利をおさめる原因となった。

その後も小泉氏はマスメディアをうまく利用し、自身の首相在任中に自らの人気を維持することに成功した。

マスメディアの「強力効果説」と「限定効果説」


 このようなマスメディアの影響を指摘すると、ナチスが報道を支配して国民を洗脳した事例を思い起こす人がいるかもしれない。

このようなマスメディアが人間を洗脳するほどの威力を持つという考え方を「強力効果説」という。

一昔前まで、凶悪犯罪が起こると、犯人に対する漫画・アニメ・ドラマの影響が指摘されたものだが、「漫画やアニメやドラマが人に影響を与えて、犯罪へとはしらせる」という考え方も強力効果説の一種であろう。

 だが、強力効果説は未だ立証されていない。

少し考えれば、漫画・アニメが人間に悪影響を及ぼすものならば、世界で最も漫画・アニメが普及している日本では凶悪犯罪が多発していなければいけないはずなのに、日本は諸外国と比べて犯罪発生率が低い治安の良い国であるという事実からも強力効果説にあまり説得力がないように思われる。

 マスメディアの人間に対する影響を初めて調査したのが、アメリカの社会学者ポール・ラザースフェルドらによって1940年に行なわれたエリー郡調査である。

ラザースフェルドらは600人を対象に1カ月おきに7回面接し、投票者の意識の変化のプロセスを追跡した。

その結果、投票者はマスメディアに直接影響されるわけではなく、身近な交友関係のなかで、政治の情報をよく収集してそこから自分の主張を語る政治通(オピニオンリーダー)との人間的な接触によって、自らの意思を形成していく。すなわち、マスメディアの影響は間接的であるという結論に達した。

このような考え方を「コミュニケーションの2段の流れ」といい、コミュニケーションの2段の流れなどマスメディアの影響は間接的であるという考えをまとめて「限定効果説」という。

マスメディアとネットの洗脳力を比べる


 これに対して、マスメディアは人間を洗脳するほどの威力はないものの、人間の意思形成に大きな影響を与えるという反論が出ている。

こういった考え方を「新・強力効果説」という。新・強力効果説には、「沈黙のらせん仮説」と「議題設定機能仮説」がある。

 沈黙のらせん仮説は、マスメディアがある考え方を取り上げて多数派を形成すると、それ以外の考え方の持ち主は、自分は少数派だと考え、意見の表明をためらうようになり、ますます少数派になるという考え方である。

2005年のいわゆる郵政選挙のとき、マスメディアはこぞって郵政民営化賛成を唱え、郵政民営化に反対する人びとも一定数存在したにもかかわらず、そういった人びとの存在は無視され、総選挙では郵政民営化派が勝利したというのが事例としてあげられるであろう。

 議題設定機能仮説は、マスメディアが設定した争点のほうが、政治家が設定した争点より有権者が重要と考えるという考え方である。同じく郵政選挙のときに、野党は郵政民営化より年金問題が重要だと主張したのに対してマスメディアによって黙殺され、郵政民営化が単一の争点になってしまったというのが事例としてあげられるだろう。

 このようにマスメディアは人間を洗脳するほどの威力はないものの、人間の意思形成に一定の影響力を与えると考えられている。しかし、現在ではマスメディアの影響力は大きく衰えており、新・強力効果説も再考が迫られているといえるだろう。すなわち、最近では若い世代を中心に、テレビや新聞から情報を得る人が少なくなり、多くの人びとはインターネットから情報を得るようになっている。情報を発表するハードルが高いテレビや新聞と違って、誰でも情報を発信出来るインターネット上には多様な情報があふれており、かつての郵政選挙のときのように、一方的な情報の洪水で人びとの意思が、マスメディアが設定する方向に誘導されるということは少なくなったと思われる。

 一方で、インターネットにはウソの情報(フェイクニュース)もあふれており、一人ひとりが判断力を研ぎ澄まさなければ、容易にウソの情報にだまされてしまう危険性がある。

また、自分の気に入った情報ばかり摂取する結果、特定の思想に凝り固まってしまうという危険性もあるだろう。

 総選挙の結果、与党は衆議院定数の過半数を割り込み、今後の政局は不安定化するものと思われる。そのため、早期に再び衆議院が解散され、総選挙がおこなわれる可能性がある。

また、衆議院が解散されなくても、2025年には参議院議員選挙が予定されている。

 そのときに、私たちはテレビや新聞が視聴者・読者を特定の方向に誘導しようとしていないか、インターネットにあふれる情報がウソの情報か否か、自分が気に入っているだけで真実を反映した情報ではないのかどうかといった観点を気にしながら、情報に接していく必要があるだろう。

(P.162-P.165 記事全文)