『社会運動』 別冊
カルタヘナ国内法は生物多様性の砦となるのか
2004年11月15日
目次
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はじめに‥‥2
T.カルタヘナ法とはQ&A 近藤惠津子・天笠啓祐・山浦康明‥‥ 3
GMを巡る諸規制(国内)‥‥ 12
U.カルタヘナ国内法批判(EU域内法対照解説) 山浦康明‥‥13
V.GMフリーゾーンを模索する欧州の現状
1)EUの遺伝子組み換え作物規制 たかお まゆみ‥‥19
2)ドイツ、共存に関する法律が一歩前進 地球の友記事 翻訳チーム‥‥25
W.共存は可能か−農業とGM
1)全国に拡がりはじめたGMナタネの遺伝子汚染 塚平広志‥‥30
2)2割から6割へ 豆腐に広がるGM汚染−豆腐調査報告 天笠啓祐‥‥31
3)進む種子汚染 倉形正則‥‥33
4)有機農業と遺伝子組み換え作物 前川隆文‥‥34
X.自治体でGM作物栽培規制条例・指針づくり進む 天笠啓祐‥‥35
Y.遺伝子組換え作物の栽培に関する条例の制定を 古賀真子‥‥40
[.資料集
1)遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律
=カルタヘナ国内法(&関係法令全体図)‥‥45
2)遺伝子組み換え体の越境移動に関する欧州議会・欧州委員会規則
No.1946/2003=カルタヘナEU域内法 訳:カルタヘナ法研究会‥‥54
3)生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書‥‥61
4)生物の多様性に関する条約(要約)‥‥74
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はじめに
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通称「カルタヘナ法」(「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」)は、昨年国会で成立し、2004年の2月より施行されました。
●説明会は確かに増えた、けれど‥
この耳慣れぬ法律を受けて、2004年の春から夏にかけては、GM作物の試験栽培の説明会ラッシュが起きました。通算20回ほどに及ぶ説明会では必ず「通称カルタヘナ法に基づき‥‥」と経文のように唱えられました。
すべての場合ではないにせよ、GM栽培にあたって「説明会」がもたれるようになったことは、いつの間にか栽培されていた以前の事態よりも、数段改善された、ということをとりあえず確認しなくてはいけないでしょう。
しかし、幾度となく説明を聞いても「カルタヘナ法」の実態はよく判りません!生物多様性を確保するために遺伝子組み換え生物を規制する、という法律なはずなのに、なんでこんな程度の「環境影響評価」で、バンバン栽培ができるのか?!という疑問が、聞けば聞くほど湧いてきました。評価対象のGM作物を、ある昆虫が食べて影響ナシ、土中の「総菌数」をカウントしてみて変化ナシ、栽培後次年度にある作物を植えてみて影響ナシ。聞こえてきた「生物多様性影響評価」とはせいぜいそんなところです。
生物多様性って、たった一種類の昆虫や植物との関係のことだったのか?しかも1年やそこらの反応のこと?うーん、素人考えでも、それはあまりにも違うでしょう。‥‥続く
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T.カルタヘナ法とは Q&A
カルタヘナ国内法は生物多様性の砦となるのか?
天笠 啓祐
近藤惠津子
山浦 康明 |
● はじまりは生物多様性条約
近藤 カルタヘナ国内法について教えていただきたいのですが、その前に、生物多様性条約、カルタヘナ議定書がどのようなものなのか。また、カルタヘナ国内法が制定されるまでの流れ、関係性を最初に教えていただきたいと思います。
天笠 もともとは地球環境問題からスタートしています。1972年に、ストックホルムで国連人間環境会議が開かれました。それから10年ごと、82年、92年、2002年に会議は開かれています。92年に、リオデジャネイロで開かれた会議が「環境と開発にかんする国連会議(リオサミット)」で、当時は地球環境問題が大きくクローズアップされていて、なかでも地球温暖化防止と熱帯雨林破壊防止の2つが大きなテーマになりました。その2つに関して、92年に条約が署名・成立しました。そのひとつが「気候変動枠組み条約」、地球温暖化防止のための条約です。条約を具体化するのが議定書で、97年に京都議定書が採択されました。もうひとつ署名・成立したのが「生物多様性条約」で、熱帯雨林の保護を主目的にしています。生物は多様性を失うと非常にもろくなりますから、多様性を守るための条約です。この条約を具体化するのが「カルタヘナ議定書」です。
議定書には開催都市名が付きます。「カルタヘナ」はコロンビアの都市名です。1999年にカルタヘナでこの議定書は採択されるはずでしたが、99年にはされず、翌年2000年にモントリオールで採択されました。本当ならばモントリオール議定書になるわけですが、フロンガスの問題でつくられたモントリオール議定書があるので、「カルタヘ‥‥続く
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U.カルタヘナ国内法批判
(EU域内法対照解説)
山浦 康明
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T 前文について
カルタヘナ国内法(以下「国内法」と称す)とEU域内法(以下「EU法」と称す)の最大の違いはカルタヘナ議定書(以下「議定書」と称す)の精神を受け継ぐ積極的な姿勢があるかどうかです。それはまず法の前文として書き込むかどうかにあらわれています。
議定書ではモダンバイオテクノロジーによって改変された生物が、既存の生物の多様性、持続可能な利用に悪影響を及ぼすおそれがある、との前提から「予防的な取り組み」(リオ宣言の原則15)が必要であると述べています。また、議定書の締約国が議定書以上に生物の多様性を確保するために行う厳しい措置を執ってもそれを制限しない、とも述べています。
EU法では前文で23の項目にわたって議定書の精神を尊重すると述べています。その中でも(2)、(22)において予防原則に基づいて越境移動によって人の健康に生じるリスクを考慮することを強調しているのです。
一方国内法では前文はなく、議定書前文に相当するものは「目的」(第1条)ですが、そこでは、「生物の多様性を図る」、「カルタヘナ議定書の的確かつ円滑な実施を確保」する、「人類の福祉に貢献するとともに現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与する」との紋切り型のことばが並ぶものの、議定書の精神をくみ上げようという意欲は感じられません。そのことが以下の各論であらわれています‥‥続く
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V.GMフリーゾーンを模索する欧州の現状
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1)EUの遺伝子組み換え作物規制−完了に近づく法的枠組み作り
ドイツ語翻訳者
たかお まゆみ
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●モラトリアム解除と表示実施
EUの食品安全行政は、「80年代まで判例法に基づいていたが、93年の市場統合と食品流通の自由化により法律を体系化する必要に迫られ」(※1)ていたという事情が一方に存在していた。そこに登場したのが遺伝子組み換え体(GMO)問題だ。農業分野でのGMOは繊細な問題だが、EU権益と巨額の企業益とがかかった先端技術問題であることから、EUの経済発展のためには、早急に安全基準・規制基準を制定して前進しなければならないというEU行政部の意向が、GM関連法の制度化に大きくはたらいた。しかし、EU市民のGMに対する拒否感は非常に強かった。GM論議と同時に発生していたBSEと、引き続いた口蹄疫広域発生スキャンダルが相乗効果を及ぼし、安全な食品を選択できる市民の権利に相応の配慮を払いながら、法制化が進められてきたといえる。
対米関係も重要だ。イラク戦争開戦前、仏独の協力を取り付けたかった米国は、EUのGMO新規承認モラトリアムに対して「WTO提訴」という脅しをかけながらも実行できないでいたが、03年5月23日ついに提訴に踏み切った。提訴理由は、確たる科学的根拠がない貿易規制を禁じる「WTO衛生植物検疫(SPS)協定」違反だ(※2)。EUばかりではなく、EU既承認の一部GMOの禁止を続ける仏・オーストリアなども個別に提訴された。しかし、EUはつい先ごろモラトリアムを解除を実質的に決定したし、大企業利益も擁護するEU政府自身が、GMの法的整備を怠っている国を欧州裁判所に訴えているくらいだから、米国によって提訴された点が事実であるかどうか不明に思える。この件でのWTOでの初回協議は不調に終わった様子だ。「紛争処理に関する小委員会」が結成され、そこでの論議に移った。いったいどういう裁定がなされるだろうか?提訴事実を認めて裁定が行なわれるとすれば、両者はともにWTO加盟国であるが、カルタへナ条約をEUは批准し、米は批准していないという国際法上のアンバランスに何らかの判断があるか注目したい。‥‥続く
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2)ドイツ、共存に関する法律が一歩前進
地球の友・ヨーロッパ(バイオテックメールアウト2004年7月号より)
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連邦議会(ドイツ議会)は2004年6月18日、非遺伝子組み換え(非GM)食品の生産の確保と、GM作物と非GM作物の共存の確保とを目指した新しい法律を採択した。この法律は、遺伝子組み換え生物(GMO)の意図的放出に関するEU指令2001/18に基づくものであり、この指令によって各加盟国は、GMOがほかの製品に混入するのを防ぐ対策を講じることが可能になった。新法にはドイツ連邦政府が今年2月に発表した法案(バイオテックメールアウト2004年4月号参照)と比べて、いくつかの改善点(編註:具体的文言)が取り入れられている。
共存法の主な条項
○農家や一般市民が、近隣におけるGM作物の栽培について正確な情報を得ることができるような公開登録簿。
○GM取扱業者が非GM農法を保護し、GMOの放出を原因とする「物的損害」(経済的損失)を防ぐべく予防的措置をとる義務。特にGM作物を栽培する際の「優良農業行動」の遵守。
○GMOとの交雑が原因で慣行農家・有機農家が経済的損失を受けた場合の損害賠償制度。
○生態学的に影響を受けやすい地域の保護。新法は連邦自然保護法を改正し、生態学的に影響を受けやすい「ナチューラ2000」地域に著しい影響を及ぼす場合、野外実験およびGMOの使用や取り扱いを認めないと定めている。
○特定の製品について共存が不可能と(事前に)証明できれば、承認しない可能性がある。
○GMOの侵入能力(編注:それまで分布しなかった地域に移入する潜在力)が高まったことにより、環境に被害を与える可能性があるならば、‥‥続く
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W.共存は可能か−農業とGM |
1)全国に拡がりはじめたGMナタネの遺伝子汚染 塚平 広志 |
日本では、いま年間210万d前後のナタネを食用油、飼料などの原料用としてカナダやオーストラリアから輸入している。そのうち遺伝子組み換えナタネは、推定で105万d前後である。
これらの組み換え種を含む輸入ナタネは、港での荷揚の際や製油会社などに輸送する途中、落ちこぼれ、それが自生したり、野生種と交雑し、各地に遺伝子汚染を広げている事実が農水省や環境省をはじめ市民団体などの調査で、次々と明らかになっている。
遺伝子組み換え作物の商業栽培も行なわれておらず、タネも播かず、輸入するだけで遺伝子汚染が広がっているという事実は、世界にも余り例がなく、生物の様性維持や種の保全、有機農業の推進にとっても放置できない重大問題である。‥‥続く
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2)2割から6割へ 豆腐に広がるGM汚染−豆腐調査報告
天笠 啓祐
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GM大豆不使用表示から、相次ぎGM大豆検出
「遺伝子組み換え大豆不使用」表示の豆腐に、GM大豆の混入の割合が増えている。まず遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンが大豆製品の検査を行った。検査を行った食品は豆腐と豆乳8種類で、東京都と埼玉県のスーパーで販売されている豆腐を7点と、豆乳数点を選んだ。豆乳は検査が難しいため、濃度の高いもの1点だけの検査にとどめた。購入日は2004年6月で、分析は農民運動全国連絡会・食品分析センターに依頼し、7月22日に発表された。今回検査の対象とした食品はすべて、「遺伝子組み換え大豆不使用」と表示されている商品だけである。検査の結果、サンフードジャパン、タカノフーズ、日本ビーンズの3社がつくった豆腐からGM大豆が検出された。‥‥続く
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3)進む種子汚染
倉形 正則
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●汚染進む日本の種子
前々稿の「全国に拡がりはじめたGMナタネの遺伝子汚染」にあるように、国内でも遺伝子組み換え(GM)ナタネが既に広く自生してしまっているようです。
「ストップ遺伝子汚染種子ネット」は、2002年5月以降に購入した非GMの種子用ナタネ8種類(米国産7、北海道産1)を検査しました。その結果2種類のタネに微量ながらGM遺伝子が見つかっています。それ以前に実施した米国産種子用トウモロコシへの調査でも、検体の4割に組み換え遺伝子が検出されています。そして、国内の多くの種子は、米国産のものに頼っているのが現状です。
既に欧州ではカナダ産の種子用ナタネへの、広範なGM汚染が発覚し大量の回収騒ぎとなりました。カナダ国内でも非GMとして売られている種子用ナタネのほとんどに、GM種子の混入が確認されています。またGMパパイヤの混入がハワイやタイで広がっています。
一方、今年、つくばでGMコーンを試験栽培したダウケミカル社は、そのGMコーンの比較対象用に自ら植え付けた非GMコーン中に、16%の未承認GMコーンが混入していたことが分かり、実験を中止しています。開発企業でも、種子への混入を管理できていないことが暴露されました。‥‥続く
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4)有機農業と遺伝子組み換え作物
−茨城県谷和原村の例に見る相容れない関係
前川 隆文 |
谷和原村での事件
2003年7月、茨城県谷和原村で、遺伝子組み換え大豆(モンサント社のラウンドアップ耐性大豆)のすきこみ事件が起こった。この大豆は、バイオ作物懇話会の働きかけで、地元の兼業農家の方が圃場を提供し、試験的に栽培されていたものだった。
事件の経過を簡単に述べると、バイオ作物懇話会は2001年ごろより、同じGM大豆の作付け試験を全国各地で行なっていた。2003年のこのときには、地元の農民や市民団体が作付けの事実を把握し、7月23日に圃場の見学を行なった(写真1)。周辺農家は、花粉による飛散がないよう、花の咲く前の刈り取りを要求していたが、バイオ作物懇話会は収穫までの試験栽培を希望しており、意見の食い違いがあった。圃場の見学の際、開花寸前の状態にあり(写真2)、市民団体はこのとき強く地主に対し刈り取りを要求したが、聞き入れられなかった。その後、両者で熱心な交渉が行なわれたが、地主は最後まで刈り取りを実行しなかった。最後は地主の立会いのもと、花粉による飛散を危惧した地元の市民の手により、すきこまれる結果となった。この事件の翌月には、滋賀県中主‥‥続く
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X.自治体でGM作物栽培規制条例・指針づくり進む
天笠 啓祐
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愛知県のイネ開発断念から始まる
現在進行している、自治体でのGM作物栽培規制の源流は、愛知県で取り組まれていたモンサント社のイネに対する市民の闘いに端を発する。2001年7月6日と11月17日の2度にわたって名古屋で全国集会が開催された。その時に集められた署名の数は、58万余筆に達した。
愛知県は、モンサント社と共同でGMイネ「祭り晴」を開発していた。2001年12月5日に開かれた愛知県議会で、愛知県農林水産部長が、正式に開発継続を打ち切ると発言し、共同開発中止を明言した。遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンのメンバーが、1週間後に日本モンサント社を訪れ、同社から、愛知県が断念するとなると、これ以上の開発はできないとして、「祭り晴」断念を明言させ、これによって、モンサント社が進めてきた、日本での除草剤耐性稲の開発計画は、挫折した。
この開発中止は、都道府県の農業試験場でのGM作物開発を直撃した。「愛知ショック」が連鎖的に反応し、各自治体でのGM作物関連予算を半減させたのである。この流れは次に、岩手県や北海道でのGMイネ野外試験栽培に反対する市民の取り組みへと受け継がれた。‥‥続く
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Y.遺伝子組換え作物の栽培に関する条例の制定を
古賀 真子 |
遺伝子組換え作物の国内栽培については、「カルタへナ法」ができましたが、行政担当官は一貫してカルタヘナ法は、「栽培農作物には適用されない」とし、栽培作物については独立行政法人の研究施設では独法のガイドラインの適用、それ以外の施設では独法の指針の準用を勧めるにとどまっています。
遺伝子組換え食品いらない!キャンペーンではGMウオッチ監視ネットワーク運動を呼びかけ、各地での遺伝子組換え作物の作付けに対する監視活動をおこなっています。EUに習ってGMフリーゾーン運動も進めていますが、各地での栽培規制条例制定の動きを求める声も高まっています。北海道のように、条例(仮称)案の中で遺伝子組換え作物の栽培を規制する方向で検討を進めているところもありますが、それを待たずして一般農家が商業目的の栽培を行おうとする動きがでてきており、自治体での条例による規制が早急に必要だといえます。‥‥続く
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[.資料集 |
1)遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(平成15年法律第97号)=カルタヘナ国内法 |
2)EUカルタヘナ法 遺伝子組み換え生物の越境移動に関する2003年7月15日付け欧州議会・欧州委員会規則No.1946/2003(欧州経済領域関連テキスト) |
3)生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書 |
4)生物の多様性に関する条約−要約 |