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市民セクター政策機構

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論文(崔 珉竟(チェ・ミンギョン))

【2022年10月】韓国の社会的経済と政治2.「ふたつの選挙の敗北がもたらした社会的経済の危機とこれから」

3月大統領選挙、6月地方選挙で保守「国民の力」が勝利

 

 2022年3月の大統領選挙では、「共に民主党」(以下、民主党)の文在寅政権に失望した国民が、保守政党「国民の力」の尹鍚悦を選択した。両党の候補はいずれも、国家の未来ビジョンを提示すべき大統領候補としての資質と資格を備えていたとは言い難かった。そのため、国民からは「非好感度を争う選挙」と受け止められた。

 続いて行われた6月1日の地方選挙でも、国民は、発足したばかりの尹鍚悦政府に対する「牽制」より「安定」を選んだ。国民の力は17ある広域自治体の首長選挙において、ソウル特別市をはじめとする12自治体で勝利し、民主党は5自治体の勝利に止まった。前回2018年に行われた広域自治体の首長選挙では、民主党が14、国民の力が3自治体で勝利したので、わずか4年で地方の政治権力が入れ替わってしまった。

 韓国の人口の4分の1が居住する京畿道の知事選では民主党候補が当選した。市民は地方権力を与党である国民の力にすべて集中させることを選択しなかったとも解釈できる。それでも、京畿道内に31ある基礎自治体の首長選挙では、国民の力が22、民主党が9自治体で勝利した。2018年には民主党が29自治体、自由韓国党(国民の力の前身)が2自治体で首長を当選させたが、それが完全に逆転した。

 私が住む京畿道城南市も市長選前は民主党の市長だった。しかし、民主党に不利な要因がいくつも重なり、結果は国民の力の候補者が25万0022票、民主党の候補者が19万1613票で、6万票近くの大差で市長が交代することとなった。

 

「社会的経済秘書官制度」を廃止し、社会的経済を競争にさらす尹鍚悦政権

 

 大統領選挙で勝利した尹鍚悦政権には、社会的経済についての公約が皆無だった。社会サービスは関連する分野を多角化・大規模化することを通じて向上すると主張し、社会的経済組織だけでなく、企業や宗教団体による社会貢献の役割を強調した。つまりこの分野でさえ、市場競争に置くというわけである。

 さらに、文在寅政権時代に新設され、社会的経済の変化に多くの影響を与えた社会的経済秘書官制度を尹鍚悦政府は廃止した。これがきっかけとなって中央の政府機関のみならず、広域自治体、基礎自治体も、徐々に社会的経済を担当する組織の統廃合に乗り出している。

 具体的には、第一に、政府の企画財政部(部は日本の「省」にあたる)が、今年下半期に社会的経済課と協同組合課を統廃合して、持続可能経済課とすることを準備している。

 第二に、広域自治体を中心に、社会的経済を担当する部署の名称変更や廃止が始まった。首長と議員の大多数が与党・国民の力である自治体ほど即決している。例えば、ソウル市は7月、社会的経済担当官を廃止し、公正経済担当官が社会的企業や協同組合関連業務を担当するという組織再編案を市議会に提出して、1週間で可決した。また大邱市では、社会的経済課を廃止して、経済局傘下の創業振興課が担当することになった。さらに釜山市では社会的経済官が所属する民生労働政策官そのものを廃止し、関連業務をデジタル経済革新室に移管した。

 中央政府と広域自治体のこうした動きは、社会的経済企業に関する政策が、これまでの「育成」から自立強化に転換されたことを意味する。営利企業と社会的経済企業が公正に競争できる環境をつくるという政府のシグナルである。

 部署の統廃合や社会的経済という名称を使わなくなることは、時代や世界的な潮流に逆行するものだ。特に行政部門は、その名称に基づく事業計画の立案と実行に強く影響される集団だ。名称が変われば社会的経済に関連した政策と予算は、重要度が低下して優先順位が低下する可能性が高い。

 政府の企画財政部は、持続可能経済課の中に社会的経済と協同組合業務を配置することを決めたと先に述べたが、こうなると、持続可能な発展という大きな社会的課題でさえも、社会的経済組織に担わせておけば良いというように見えてしまう危険性がある。 

 

社会的経済をさらに発展させる京畿道

 

 こうした状況の中で、幸いにも京畿道知事には民主党候補が当選した。彼は、京畿道の社会的経済をさらに広げるため、次の政策を掲げている。

 

1.旧京畿道庁の敷地における「社会革新複合団地」の造成と雇用の創出

2.公共性の高い分野における社会的経済の戦略的な産業化と育成(介護、保健医療、資源循環、社会住宅など)

3.社会的金融専門機関の設立と社会投資基金の造成など、社会的金融の活性化

4.社会的経済の未来世代(青少年、青年)に対する投資

5.社会的経済製品のための統一的なオンラインプラットフォームの構築、及び地域貨幣の利用拡大

6.社会的経済行政の協議体と官民協力機構の設置

 

 これらの政策を実行するため、京畿道では社会的経済院の設立をはじめとする具体的な事業を準備中だ。そして京畿道内の基礎自治体のうち、民主党の市長が就任した9自治体では、京畿道と連携して社会的経済分野を活性化していこうとしている。ただし、残りの22自治体については、市長や郡守の社会的経済に対する見解と展望次第である。

 

城南市における社会的経済の到達点

 

 今回の城南市長選挙に際して、私は民主党候補者の社会的経済関連政策の公約づくりを補佐し、様々な関係部署や現場と懇談会を重ねた。この作業は、城南市が12年間、民主党市長の下で推進してきた社会的経済関連分野における現況を分析し、今後必要な政策を取りまとめる機会になった。その内容は、城南市の社会的経済の到達点を理解していただけるものなので、日本の皆さんにここで紹介したい。

 

〈民主党・城南市長候補による社会的経済の活性化政策〉

1.城南型社会的経済による雇用事業の施行

 この事業で目指すのは、城南型公共雇用で雇用する3000人のうち200人分の雇用を城南市の社会的経済企業が担うようにし、城南市がその社会的経済企業を3年間支援することである。それによって、社会的経済企業の基盤を造成し専門性を強化する。

2.公共購買の比率を毎年5%拡大する

 城南市の事業において、社会的経済企業から購買する物品やサービス(公共購買)の金額は2021年度に765億ウォンとなり、全国1位の金額となった。さらにこれを毎年増やして、2027年度には1000億ウォンの達成を目指すこととした。

 ちなみに城南市の社会的経済企業がこれだけ大きな規模で公共購買に参加できた背景を説明したい。実は、韓国において公共購買について規定した「社会的企業育成法」12条および同法施行令12条の2と、「協同組合基本法」95条の2および同法施行令26条では、一般協同組合を対象から除外しているという問題がある。

 そのため城南市では2020年度に「社会的経済企業製品購買促進および販路支援に関する条例」を制定して、一般協同組合を含む全ての社会的経済企業が公共購買に参加できるようにしたのである。これまで城南市の公共購買に参加してきた社会的経済企業は、清掃やリサイクル品回収の事業に偏っていたので、それを改善し、多様な業種(公共施設などの管理運営、住民サービス、社会福祉分野など)の社会的経済企業が公共購買分野に参画する契機をつくったのである。こうして城南市が必要とする事業と、社会的経済企業が提供する事業とのマッチングを推進してきた経緯があるのだ。

3.社会的経済企業に対するオーダーメード型支援政策の樹立

 これまでの支援政策の重点は、社会的経済企業の創業と一般的な教育に置かれてきたが、今後は企業の成長段階と業種の特性に沿った支援を実行する。それによって社会的経済企業の継続性を高め、地域社会に定着することを目指す。

4.社会的経済のコミュニティをエリアごとに形成

 城南市における社会的経済企業に対する支援を、短期的な支援からより長期的な支援とし、またエリアという視点を導入して区ごとに支援センターをつくり、事業に対するノウハウとネットワークの構築を長期的に支援する。

5.社会的経済基金の倍増

 城南市では社会的経済企業の活性化を目的とする「社会的経済基金」(24億ウォン)を設立した。2021年度には初めて基金から3億ウォンを支出する計画を立て、すでに現在進行中である。基金を50億ウォンまで積み立てることを目指す。

6.社会的経済金融(信用協同組合)の城南市の指定金融機関への参加

 城南市の指定金融機関には十数年間、農協が選定されてきた。年間4兆ウォンの市予算のうち特別会計分野の管理には、今後、農協以外に信用協同組合も参加可能とし、地域社会を基盤にする信用協同組合が行政と協治(ガバナンス)を行う契機をつくる。

7.フェアトレード実践村づくりの拡大

 城南市は2019年に「フェアトレード育成および支援に関する条例」を制定したが、市民に対する広報が不足し、また活動家の育成もできていないのが現状である。そこで、城南市の傘下にある青少年財団と都市開発公社が運営する図書館や青少年施設などにフェアトレード製品の販売、カフェ、教育などを行うフェアトレード実践村を設置して、市民の認識を高める。

 

 このように、城南市が民主党市長の12年間に積み上げた社会的経済企業の活性化に向けた努力と成果は、どの地方自治体よりも高いレベルだった。現在では社会的経済企業は450社余りまで達した。これは市長のリーダーシップと、社会的経済企業という現場との協同が何よりもよく行われていたからだ。

 だが前述のように、城南市長は国民の力という、社会的経済を色眼鏡で見て(注6)、非友好的な態度を示す政党に所属する人物へ交代した。現在、新市長も、国民の力の市議会議員たちも、「民主党の市長たちの下で起きた不正を暴き、法的手続きを通じて正常化させる」という話ばかりをしている。そのため、いまや公務員の間では、事なかれ主義の時間が流れており、新市長の意向に合わせて変身しようと大忙しだという。

 新市長には社会的経済に関する公約が全くないので、既存の支援事業は中止または消極的に維持することにとどまると思われる。そのため、いままで行政との協同作業を通じて積み上げてきた社会的経済の成果や、城南市の社会的経済の活性化に向けて急務である7つの課題が跡形もなくなるのではないかと、私は懸念している。

 

主体性と連帯に根ざして活動を続ける社会的経済

 

 こうした状況にあっても、城南市の社会的経済を発展させるためには、社会的経済の目的をより明確にして、信頼とネットワークを通じて社会的資本をさらに創出していく必要がある。物質万能主義と無限の競争のシステムの中で、疎外され排除された生命たちを生き返らせること。人々が持っている自由への志向性と創造的可能性を、めらめらと燃え上がらせる経済活動をつくることこそ時代の要請だ。社会的経済とは、競争でなく協同による互恵的な経済であり、共有と分かち合いの哲学を基盤としている。利潤追求ではなく、公共善という社会的目的の実現に向けた事業活動を志している点で、市場経済の限界を補完することができる。また、市民社会の自発的な参加と協力を基盤に形成されるという点で、公共部門の官僚的な硬直性を超えることが可能である。さらに、社会的経済は民主主義を拡張させる力も持っている。今回の地方選挙によって塗り替わった政治地図の中にあっても、城南市の社会的経済企業が主体性と自発性、連帯の輪をさらに強めることによって、「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」の第4原則「自治と自立」を堅持していくものと信じている。

 

●2022年10月 季刊『社会運動』(448号)全文掲載。